練炭毒婦のSEX法廷大全 (宝島NonfictionBooks), 町山 智浩: 実録・殺人事件がわかる本2010 SPRING (洋泉社MOOK 別冊映画秘宝/マーダー・ウォッチャー Vol. 友達とかいなかったのかな…, そしてナカヤマ検事は相変わらずのオペラ歌手みたいな声で、優しげに被告人に質問をしていました ナ「悩みました?」 (vol.1(2008Spring)) (East Press Nonfiction Special), Richard Lloyd Parry: People Who Eat Darkness: The Fate of Lucie Blackman, « 山本竜太:被害者のことを圧力団体のカナメだと妄想し… | 朝9時20分、なかなか強気な締め切り時間で眠さ最高潮でしたが、交付所に集まった傍聴希望者は定員を超える事なく…つまり定員割れでした, でも、午後に他の傍聴人が法廷の前で職員さんに「券余ってないの?」って聞いてたところ職員さんは「もう余ってません!」って言ってました, おいおい!定員割れだったら後から配るっつってただろ!!!! (別冊映画秘宝) (洋泉社MOOK 別冊映画秘宝), 裁判員をたのしもう! 【日時】2010/11/29(月) 1000~ « (7)かごの置き方に執着…被告の勤務態度 中大教授刺殺第2回・法廷ライブ | 月曜も山本竜太の裁判のため、傍聴券交付所に並びました 朝9時20分、なかなか強気な締め切り時間で眠さ最高潮でしたが、交付所に集まった傍聴希望者は定員を超える事なく…つまり定員割れでした 被「はい」 (産經新聞 2010/11/26 17:28), メールアドレス: 【場所】東京地裁104号法廷 被「はい」, と、善悪の判断や罪を犯したらどうなるか認識していたからこそ、被告人が犯行前に逡巡したということをバッチリ、聞き出しておりました…おそろしかバイ, 午後もちょっと過ぎた頃、起訴前に被告人の精神鑑定を行った鑑定医が証人として出廷しました http://www.menscyzo.com/2010/11/post_2029.html, 【被告人名】山本竜太 ナ「悩みますよね?」 ナ「人を殺すって大変で、死刑になると思ってましたよね?」 (ウェブ上には掲載しません). 被「はい」 その後、逮捕された山本竜太容疑者(28)は現在、神奈川県平塚市山下に住んでおり、アルバイト。殺人の動機については「いまは話したくない」と供述を拒んでいることが分かった。 ナ「事件当時、イヤがらせや不安感、つのっていって、そうだと(被害者がイヤがらせをしていると)信じる気持ちが強くなったんですか?」 【罪名】殺人, 月曜も山本竜太の裁判のため、傍聴券交付所に並びました 弁護士「事件後に、竜太からは『大学から連絡があったら教えて』といわれていました」 《母親は5月に警察から、山本被告が高窪さん殺害の疑いをかけられていることを知らされ、頭が真っ白になり、倒れそうになったという。 と言いつつも, ナ「取り調べや鑑定を通じて、被害者からのイヤがらせが、勘違いだったとだんだん、気持ち動いてきました?」 (圧力団体ってのは被告人に圧力をかける団体のようです) また、初公判でも明らかになっていたリストカットや顔を切るなどの行為は、気合いをいれるため、だったりしたようで、あと鑑定医の話からも、被告人は武士の精神みたいのにちょっとかぶれてるというかそんな感じでした, 被告人は、母親に相談したりはしてるのですが、家族は病院に連れて行く事もしてなかったということです, ところで気になったのは、被告人が相談できる相手が母親とか先生とか以外に出てこなかったことです Tweet, http://www.menscyzo.com/2010/11/post_2029.html. 証人は女性で、声だけ聞くと、今話題の海老蔵夫人・小林麻央さんみたいです トップページ © 2018 Kodansha Ltd. All rights reserved. 今回の事件でそのマスコミが面白おかしく扱った点は山本容疑者の職歴だった。大学を出て就職一ヵ月後で退職、その後も就職そして1~2か月で退職を3度繰り返しているということだった。 中央大学の教授が元教え子に殺害されるという事件が起きた。犯人の山本竜太は、大学のトイレで待ち伏せし、自分で改造した枝切りばさみで40箇所以上をメッタ刺し。小野一光氏が犯行の背景に迫る。 トップページ 被「はい」 | (9)逮捕後38キロまで激やせ 中大教授刺殺第2回・法廷ライブ », 《中央大理工学部教授の高窪統(はじめ)さん=当時(45)=を刺殺したとして殺人罪に問われている卒業生で家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)のピアノ講師の女性の供述調書を、女性弁護士が早口で読み上げていく。この女性は、いつまでも過保護に接する母親の教育方針に疑問を抱いていたようだ。裁判員らは、女性弁護人の方を見たり、目をつぶるなどして調書の内容を聞いていた》, 弁護人「竜太君はいつまでたってもお母さんから離れない印象でした。竜太君はまじめで素直な印象。とても殺人をするようには思えず、今でも信じられません」, 《山本被告の逮捕後にも母親と電話で話したという女性。事件の前兆はなかったのかと問いただしたが、母親は「分からなかった」と答えたという》, 弁護人「私は竜太君のお母さんの過剰な期待の影響だと思いました。私としては竜太君を救ってあげられなかったことに悔しさで一杯です」, 《女性の後悔の言葉が読み上げられても、山本被告は表情一つ変えないまま座っていた。続いて、山本被告の母親の供述調書の読み上げが始まった。一番身近に接していた母親の目に、山本被告はどう映っていたのか。調書には、母親が見た山本被告の性格や生活状況について、率直な言葉でつづられていた》, 弁護人「事件は口では言い表せないほどのショックでした。高窪先生には竜太のしでかしたことで取り返しのつかないことをしてしまいました」, 弁護人「結婚2年目で(山本被告が)生まれ、地にしっかりと足をつけ、竜のように天高くのぼっていくようにという意味で竜太と名付けました」, 「世界で一番幸せになってもらおうと、辛いことや嫌なことは絶対に遭わせないようにしようと考えました」, 《子供時代はやんちゃだったこと、小学校3年で転校し、いじめにあったことなどが読み上げられていく》, 弁護人「いじめはしばらく続いていました。当時私は働いていたので、私の知らない間にお行儀の悪い子につき合わせたくないと考えました。小学校の同級生と遊ばせないようにしました」, 《学校の同級生と遊ばせない一方、山本被告が通っていたバイオリン教室やピアノ教室の子供たちとは遊んでいたという。母親はそのおかげで、おっとりしておとなしいいい子に育ったと振り返る。その後、地元の公立中学校には不良がいたため、私立中学校を受験したが不合格。結局、地元の中学校に通った。中学校でもあまり友人はいなかったようだ。都立高校に進んだ後、指定校推薦で中央大への入学が決まる》, 弁護人「私は文系のほうがいいのではといったが、竜太は『僕は理系だ』といって自分で決めました。うれしそうにしていたのを覚えています」, 弁護人「入学してしばらくして、『授業が難しくてついて行けない』『辞めたい』とこぼすようになりました。ほかの大学に入り直したら、と勧めても『高校に迷惑がかかるからやめられない』と言い張っていました」, 《山本被告は1年生のとき、親に内証でほかの大学を受験。母親もこれに気づき、本人には明かさないまま、こっそり合格発表を見に行った。だが、結果は不合格だった。そのまま中央大に在籍した山本被告。2年生のときには朝6時に学校に向かい、午後11時に帰ってくる生活だったという。家では毎日張りつめたような空気が広がり、親子の会話は徐々になくなった。さらに山本被告の奇行が目立つようになっていく》, 弁護人「大学5年生の、ちょうど高窪先生の研究室に入ったころからおかしいと感じるようになりました。突然『絶対に卒業しなくちゃいけない』と話すようになったり、壁をげんこつでたたいたりするようになったんです。ガスのメーターを調べる業者の人が来たときも、竜太は『今の誰? 盗聴器を仕掛けたんじゃないの』と話すようになっていました。勉強のせいでおかしくなったのではないかと考えていました」, 《母親は山本被告を病院に連れて行くことも考えたが、連れて行けば自殺するのではないかと考え、できなかったという。リラックスさせるために、母親と2人で長野に旅行したが、ここでも山本被告は思い悩んだ様子だったという。しかし、平成16年の初めごろのある日、山本被告は突然、卒業と就職のメドが立ったことを母親に告げてきたという。実際に卒業し、食品メーカーに就職を果たした山本被告だったが、結局その仕事もすぐに辞めたいとこぼすようになった》, 弁護人「それからは、仕事を自分で見つけてきても辞めてしまうことの繰り返しでした。竜太のおかしな行動がエスカレートしたことも事実でした。ほおやひじから手首あたりまで切ったような長い傷があったときもありました。精神的なプレッシャーがあったんだと思います。平成17年夏ごろには突然、『盗聴器って知っている?』と聞いてきたり、18年夏ごろには『向かいの住民が僕を避けている』と言いだしました。『そんなことない』といっても、竜太は聞きませんでした」, 《19年夏には、山本被告は会社のグアム旅行で「どうせやめさせるなら、最初から雇わないでほしい」といって暴れたという。母親が会社におわびの電話を入れたが、その電話で解雇を告げられたという》, 弁護人「19年夏に、竜太は独り立ちしたいと言って、神奈川県平塚市の親戚の家で生活すると言ってきました。私は嫌だったのですが、すでにアルバイト先も見つけており、しようがなく認めました。離れて暮らすと、竜太からも電話がかかるようになって特におかしなことを言わなくなりました。だいぶよくなっているのだなと感じました」, 《事件が起きた昨年1月の前後も、母親は変わった点には気が付かなかったという。ただ、ひとつ気になることを山本被告は母親に言い残していたという》, 《母親は5月に警察から、山本被告が高窪さん殺害の疑いをかけられていることを知らされ、頭が真っ白になり、倒れそうになったという。女性弁護士が調書の読み上げを終えると、今崎幸彦裁判長がこの日の証拠調べが終わったことを確認した》, 《午後3時7分、裁判長がそう宣告すると、裁判員らは少し疲れた表情を浮かべ、退廷していった。山本被告は男性弁護士から話しかけられ、何度か小さくうなずいた後、静かに立ち上がって法廷を後にした》 鑑定医の尋問になるともっと人は減り、なんだか閑散としてました…, 投稿者 yuki 日時 2010-12-01 00:23 20代 | 固定リンク しかもシャベリ方も可愛くて…大変でした, そんな萌えボイスで証人は、被告人を妄想性障害を結論づけた理由、統合失調症との違い、これから完治する見込みはあるかなどについて答えておりました, リストカットなどについては妄想性障害などの影響があるのかと聞かれ「それはあまりないと思います…被告人はまじめで実直な性格、そういったモノあったり、あとは、自分に厳しくしてないと、だらけると…そういうふうに思うところがあります…だらけた自分に気合いを入れるという意味、そういう性格によって、そういった行動を起こしたと言えます…」, ちなみにこの日は裁判の佳境である被告人質問だったのに法廷はガラガラでした… 6), マーダー・ウォッチャー 殺人大パニック!! — 裁判員裁判の傾向と対策 (GENJINブックレット56), 北尾 トロ: 裁判傍聴マガジン―日本初! この記事へのトラックバック一覧です: (8)複雑な母子 犯行前後に言い残した言葉とは 中大教授刺殺第2回・法廷ライブ. 神林 広恵: 木嶋佳苗劇場~完全保存版! 平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第32回, 犯行現場となったトイレで、逆恨みした相手がやって来るのを30分以上待つ男。やがて姿を見せたその相手に対し、男は事前に2枚の刃を1つに重ねる改造を施した、刃渡り約27㎝の枝切りバサミを使い、40箇所あまりをメッタ刺しにして命を奪った――。, 2009年1月14日、東京都文京区にある中央大学後楽園キャンパス内にある4階男子トイレで、同大学理工学部の高窪統教授(死亡時45)が何者かに刺殺されるという事件が発生した。, 現役の大学教授が勤務先の大学内で殺されるという衝撃的な事件は、その約4カ月後の5月21日に、同教授の卒論ゼミの元教え子だった男が逮捕されるという結末を迎える。, 逮捕された男の名は山本竜太(当時28)。彼は04年3月に中央大学理工学部を卒業して大手食品製造会社に就職したが、職場になじめず、わずか1カ月半で退職。その8カ月後にはハローワークで見つけた中小の電子機器メーカーに技術者として再就職するも、試用期間中に解雇されてしまう。その後も別の電子機器メーカーに就職するが続かず、ホームセンターやパン製造工場などでのアルバイト生活を送っていた。警視庁担当記者は言う。, 「山本は取り調べに対して、『卒業前の忘年会で高窪教授に話しかけられず、寂しかった。自分は隅でひとりで酒を飲んでいた。疎外されていると感じた』と供述しています。さらに希望していた電気関係の職に就けなかったことや、転職を繰り返したことも高窪教授のせいだと思い込んだことが、犯行動機だと捜査関係者は見ています」, だが、高窪教授は山本を邪険に扱うどころか、人一倍彼の行く末を心配していた。両者を知る同大学のゼミ生は取材に対してこう話す。, 「山本は極端なほど周囲とのコミュニケーションが苦手だったので、高窪先生は彼のことをかなり心配していました」, 別の同級生によれば、山本はおとなしく、人と口をきく際もか細い声で、異常なほどに周囲とコミュニケーションが取れなかったという。前出の警視庁担当記者も説明する。, 「当時、高窪教授のゼミには11人の同級生がいて、そのうち山本を含めた7人が就職、2人が大学院へ、あとの2人が留年しています。就職組のうち、山本を除く6人はみな大手電機メーカーなどに就職しましたが、山本だけが食品関連の会社に就職したので、周囲は不思議に思っていたそうです。彼は、ゼミ生が集まる飲み会などには顔を出さなかったそうですが、そんな時に高窪教授は山本のことをいつも心配していました。実際に『あいつが心配だ』という言葉や、『(山本は)社会にうまく適合できないから、なんとかしなければならない』という言葉を口にしています。また、直接山本に声をかける際には、ほかの生徒とは違い、かなり気を遣ったような喋り方をしていたようです」, 山本は大手塗料メーカーに勤務する父親と、ピアノ講師の母親との間に生まれた。おとなしく勉強のできる少年だった彼は、都立高校に進学。一人息子だったことで母親から溺愛されており、その過保護ぶりは校内でも際立っていたようだ。高校時代の同級生は次のように振り返る。, 「高校2年のときでしたが、山本のお母さんがなにかの件で学校に文句を言いに乗り込んできたことがあり、みんなで『すげえなあ』と話をした記憶があります」, また大学に入学後も、母親が過剰ともいえる反応で息子を庇っていたことを、近隣住民は証言する。, 「お母さんは彼のことを『竜ちゃん』と呼んで、とてもかわいがっていました。彼も『学食はまずい』と、お母さんの作った弁当を持って大学に行っていたくらいです。1年生のときに単位がほとんど取れず、2年生に進級するときにはすでに留年が決まっていたそうですが、お母さんが『大学は要領のいい子にばかり単位を与えて、うちの子にはくれない』と憤慨していたことがありました。なんでも、そのことで大学に抗議に行ったそうです」, こうした母子関係は就職後も続き、約1カ月半で「一身上の都合」により退職した最初の就職先では、山本が入った社員寮に母親が挨拶に訪れた姿が目撃されている。また、3番目に勤めた電子機器メーカーでは、試用期間が終わる頃に、「機械の操作が難しい」と山本がみずから辞職を願い出たにもかかわらず、その翌日に母親が会社に「もう少しお願いできないか」と雇用の継続を懇願。山本自身も翻意して再雇用を求めている。しかしそれが逆効果となり、「当初は本採用する予定だったが、母親に説得されて態度が変わるようでは、取引先に迷惑をかけるかもしれない」との理由で、再雇用を断られていた。, そうした母親との関係を見直すためか、山本は07年に神奈川県平塚市で一人暮らしを始める。そこでホームセンターとパン工場でのアルバイトを掛け持ちするようになり、パン工場からは「正社員にならないか」と持ち掛けられていた。だが、山本は「パソコン関係の仕事がしたい」と誘いを断り、08年6月にはそのアルバイトも辞めてしまう。パン工場の元同僚は話す。, 「誰ともしゃべらない。人間関係も仕事も不器用で、ちょっとしたトラブルでも対応できませんでした」, 逮捕後、平塚市にある自室から押収されたノートには、「人としゃべらない自分を変えないといけない」や「性格を変えないと」などの記述があり、人とうまく付き合うことができない彼自身の苦悩も窺える。だが、それが次第に高窪教授への逆恨みというかたちで、殺意を募らせていったのである。, 「事件の当日は試験勉強のために大学に泊まり込んでいました。午前10時20分頃、トイレに行こうとしたら、トイレの扉がドンと強く閉まる音がして、前方から来た黒っぽいグレーのコートに黒いニットキャップ、黒縁の眼鏡をかけた男とすれ違いました。それでトイレの扉を開けると、なかに1mくらい入ったところで、こちらに頭を向けてうつ伏せの状態で倒れた高窪教授がいたのです。床は血まみれで、壁にも膝下の高さまで血がついていました。捜査に協力した私は、3月に留学を終えてスイスに帰国していたのですが、5月初旬に日本の警察から、渡航費や滞在費を支払うから日本に来て協力してほしいと言われ、来日したのです」, 「そこにあった写真を見て、『私が目撃した人物は彼だと思う』と答えたのが山本でした」, 山本が逮捕されたのはその翌日のこと。精神鑑定の末、責任能力が認められて起訴された彼に対して、東京地裁は10年12月に懲役18年(求刑懲役20年)の判決を下しており、検察側と弁護側双方からの控訴がなかったことから刑が確定している。, 1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか, 本サイトに掲載されているすべての文章・画像の著作権は講談社に帰属します。他サイトや他媒体への無断転載・複製行為は固く禁止します。.