1991年(平成3年)に平和から登場した新要件ハネモノ「ニュートキオ」1990年(平成2年)10月の「風営法規則改正」を受けて、翌年初頭にデビューした「新要件ハネモノの草分け」的な存在(妙な言い回しだが…)。なお、時を同じくして出た「平和・新要件ハネモノ第一弾」には、「ボイジャー1号」や「カンガルーチャンピオン8」がある。初打ちは、小田急線Y駅前のL店(現存)。それまでマッタリした旧要件ハネモノがあったシマに、唐突に本機が6台ほど導入された。打ち止め個数は従来の「3000発」と変わらず、ドル箱も800個入りの「小箱」をそのまま使っていた。それでも、一度の大当りで小箱2箱以上を要する出玉のスピード感には、少なからず衝撃を受けた(この時期、L店は西陣「ニューモンロー」も設置。コチラも一度Vが掛かるとモリモリ増えた)。しかし、ひとたび釘が締まってからの「凋落」ぶりは、目を覆うモノがあった(これは、モンローでも同様)。その他の実戦店で思い出すのは、新宿・歌舞伎町のコマ劇前「オデヲン」や、新宿・西口の「アラジン」など。いずれも、交換率がL店(2.2円)よりも高かった分、釘はイマイチだった記憶も残る(当時、オデヲンは2.5円交換。アラジンは3円交換)。’90年の規則改正を契機に、旧要件機の「オール13・低投資で遊べるハネモノ」から、一気にギャンブル性が高まった事は、当ブログに目を通される方々ならばご存知だろう。本機の登場は、ハネモノ史における大きな「転換点」でもあった(あまり好意的な意味ではないが…)。この時期、西陣は「ニューモンロー」、三共は「サンダードラゴンGP」を、新要件・大量獲得ハネモノ「第1号」として、それぞれリリース。さらに本機を含めた3機種が、大量獲得機の「トップ3」と称された。確かに、平成3年の首都圏ホールのハネモノ設置状況を見ても、これら3機種の占有率は極めて高かった。賞球数は「8&15」で、ヤクモノ15個戻し、始動チャッカーが8個戻しだった。モンローやサンドラは「7&15」だから、チャッカーの戻しが1個多い。波荒なゲーム性からみれば微々たるものだが、たった1個の違いでも、積み重なればバカにはできない。本機は、先行モデルのないモンローやサンドラGPとは違い、平和の名機「ザ・トキオ」(1989年)のリメイク版として登場。(平和「ザ・トキオ」…平成元年登場。90年初頭には、有名な「タワー止め攻略」※が発覚。)※「タワー止め」…大当り中、7ラウンド目は玉を一発も打たず、18回目のハネ開放時にタイミング良く1個拾わせると、一瞬ノーカウントエラーになった後、自力解除(大当りは終了)となる。 この時、プログラムの不備で、役物内で回転する筈のタワーが、完全に停止状態となる。(但し、18回目にハネが空振ると、エラー音が鳴り続けて、店員による解除が必要) 自力解除に成功したら、ハネに拾われた玉が停止したタワーの穴をくぐり抜けて、容易に次の初当りを射止める…というシンプルかつ強力なワザであった。 当時、「必勝G」誌が現役高校生から3万でネタを買い取り(末井編集長の名著「パチプロ編集長」による)、大スクープ記事として攻略を掲載。これを読んだ多くのファンがホールに群がり、全国的に大混乱が起きたという(なお、件の高校生は、高校卒業後の平成3年初頭に、G誌のオリジナル攻略法大賞(オリ攻大賞)の小当り10万円を獲得)。 この攻略が発覚した当時、私は高3の受験生で、翌月の入試本番に向けて、最後の追い込みをかけていた。まだパチンコとも縁しておらず、騒動を知る由もない。 90年4月、大学入学を機に、晴れてパチンカーの仲間入りを果たしたが、その頃には既にザ・トキオを撤去済みの店も多かった。また、残ったトキオの大半も、攻略の通じない「対策台」だった(手元の資料によれば、攻略が効くのは「平成元年11月15日」までの製造台で、以後は全て対策が取られたとのこと)。 そんな訳で、現役時に叶わなかったタワー止め攻略だが、数年前に埼玉・蕨のパチスロゲームセンター「殿堂・蕨店」にて、存分に堪能する機会があった。運良く、初挑戦であっさりタワー止めに成功したので、「こんな旨いネタが、現役時に使えたら…」と大いに羨ましく思った。名機「ザ・トキオ」の名を新要件時代に引き継いだ本機。だが、当然に多くの相違点もあった。ここで、両者の主な違いを比較しよう。             ザ・トキオ       ニュートキオ登場時期      平成元年5月     平成3年1月時代区分       旧要件機        新要件機賞球          オール13        8&15継続ラウンド数   最高8ラウンド     最高15ラウンドハネ開閉時間   オトシ0.3秒      オトシ0.3秒              ヘソ0.6秒×2     ヘソ0.4秒×2役物貯留数     最大9個         最大7個平均出玉       約900個        約1900個タワー止め攻略     可           不可            (対策台を除く)こうして比べると、両者のカラーの違いも見えるだろう。ザ・トキオは、当時としては出玉感のある準・大量獲得タイプだったが、「オール13」戻しの為、チャッカー8個戻しのニュートキオより、通常時の玉持ちは遥かに良かった。一方の出玉面では、役物15個戻しで継続15Rのニュートキオが、圧倒的に有利である(無論、タワー止め攻略を使えば、話は別だが…)。また、ザ・トキオは、センター(ヘソ)入賞時、0.6秒×2回のハネ開放を行うが、ニュートキオは、やや短めの0.4秒×2回の開放だった。やはり、初代よりも出玉が多い分、初当り確率をシブくしている表れといえよう。さらに、両者の最も大きな相違点が、「攻略の付け入るスキ」であった。新要件版ニュートキオは、元祖ザ・トキオを「陥落」させたタワー止め攻略が、全く効く余地がなかったのだ。(ラウンド間の4.1秒を止打ちする「節玉攻略」はあったが…)まぁ、二代続けて「キズネタ」が出たとあっては、メーカーの沽券にも関わるので、けだし当然であろう。このように、本機は初当りが遠い反面、一撃の爆発力は非常に強く、V2~3回で打ち止め(当時は2500~4000発終了がメイン)となる事も珍しくなかった。「投資はかさむが、一発当てれば大きい」、初期・新要件ハネモノ独特の「荒さ」が際立った訳だ。但し、回収調整の台がたまたま連続の大当りで打ち止めになる「フロック」のケースも多く発生、「打ち止め開放台」の信頼度は旧要件期に比べると大きく低下した。それと、1回のV完走で約2000発も出ると、そこで止めるか、打ち止めまで続行するか、よく悩まされた(後継「ニューヨーカー」でも同じだった)。Vがキツイので、せっかく大当りで出た玉が、そっくり飲まれてチョン…という展開もしょっちゅう喰らった。では次に、盤面や役物に注目してみよう。盤面左では、ピンクの制服を着たバスガイド(と思しき若い女性)が、外国人観光客(と思しき個性的な面々)を引き連れて、「TOKIO」こと首都・東京を案内している。客の中には、鼻や髪に骨をあしらった、アフリカ先住民らしき人物も混じっている。このデザインは、元祖「ザ・トキオ」の盤面(黄昏時の東京タワー&ビル群の、哀愁漂うイラスト)と比べると、やけにコミカルさが目立った。ひょっとすると、荒いゲーム性や高いギャンブル性を、こうした「おちゃらけ感」でカモフラージュしたのかもしれない(未確認)。盤面右の赤いタワーも擬人的に描かれており、遊び心タップリ。傍らには、「’91 NEW VERSION」の円形ロゴ。これは、平成3年に出た平和の新要件ハネモノに描かれた、シンボル的なマーク。但し、「ブンブン丸」など同年登場の一部機種には、このマークがない。なお、同社のデジパチには、「NEW VERSION 16 ROUND」の円形ロゴが付された(規則改正で継続ラウンドが「10」から「16」にアップした事をアピール)。次にセンター役物内に注目すると、いかにも「東京タワー」を模したような鋭角なタワーが、反時計方向にクルクル回っていた。元祖「ザ・トキオ」は赤いタワーだったが、本機は更に女性的な「ピンク」。元祖ザ・トキオとの差を明確にすると同時に、女性ファンを意識したカラーリングの選択なのだろう。これは余談だが、ピンクのタワーというと、知る人ぞ知る「モンテッソーリ教育法」という英国発祥の知育プログラムで、ピンク色のタワー型おもちゃ(「ピンクタワー」という名の教育用玩具)があるのをご存知か。まぁ、当時の平和開発陣が、このヤクモノタワーを通じて、打ち手の「知育発達」を意図した…とは思わないが(笑)。役物タワーは一定周期で回転を続けるが、一周毎に、ほんの一瞬だけ正面を向いて停止する。また、タワーの足元には、玉1つ通過できるアーチ状の穴が開いている。タワーが正面を向くと、足下の穴も真正面を向く訳だ。ザ・トキオでもお馴染みだった挙動である。但し、タワーの停止時間は、まさに「ほんの一瞬」という言葉がピッタリなほど短かった。基本的にザ・トキオとよく似た止まり方をするが、停止時間が元祖トキオの半分以下だった(約0.1秒)。ハネに拾われた玉は、役物奥から、回転するタワーの穴をくぐり抜けようとしてアプローチする。しかし、クルクルと回り続けるタワーの穴をうまく通り抜けるのは、決して容易ではなかった。タワーが止まる一瞬のタイミングで穴をくぐれば、そのまま手前Vゾーンに向うチャンスとなるが、タイミングは実にシビアだった。特に、穴へ入るタイミングが少しでもずれると、穴を通過中にタワーが再び回り出して、せっかく穴を通り抜けた玉が、遠心力でVゾーンの右側に逸れてしまう。初当りを掴むのは、ハネモノとしては「至難の業」ともいえた。むしろ、デジパチや権利物のノリで対峙する必要さえあった。また、タワーには台の個体差(クセ)も存在した。タワー停止時、キッチリ真正面を向かずに、やや左右にズレて停止する「クセ悪台」はV入賞率も継続率も大幅にダウンした。また、タワーの穴に「段差」や「ズレ」がある場合も、穴を通過した玉の挙動がバラついて、V入賞率を低下させた。これとは逆に、普段からタワーの穴に入り易い「クセ良台」というのもあった。通常、穴に入り易いのはタワーが停止した瞬間だが、こうしたクセの良い台では、タワーの裏側が正面を向いた状態でも(タワーは動いている)、うまく足下の穴に飛びこみ、穴に入った状態で手前に運ばれ、そのままV入賞するという、何とも美味しい大当りパターンにも巡り合えた。因みに、タワーには「表」と「裏」でデザインが違っている。裏側はこちら向きで停止しないので気づきにくいが、よく見ると、タワーの付け根の色彩が微妙に異なる(下の二枚の画像を参照)。        (タワー表側)                (タワー裏側)首尾よく大当りすると、通常回っていた役物のタワーが完全停止して、役物奥に最大7個の貯留を行う。元祖ザ・トキオは「9個貯留」なので、それより2個少ない訳だ。この貯留差がV継続率にどう影響したかは、追って説明する。タワー奥に玉を貯留した状態。元祖トキオの場合、打ち手に貯留状態が見えにくかったが、ニュートキオは貯留が良く見えるようになり、視覚的に改善された(貯留が見えない方が、却ってドキドキする、との反論もあろう)。貯留解除のタイミングは、ハネ17回開閉後、又はヤクモノ1カウント時である(V入賞か、ハズレ1カウントかは問わない)。早々に7個貯留すれば、続く8個目が高確率でタワーの穴をくぐってVに入る。つまり、寄り釘良好ならば、継続率は非常に高かった。この場合、「V入賞後に貯留解除」の定番パターンとなる。(但し、左右のハネから同時に2個拾ったりすると、玉突きして穴をくぐらない事もあった。)逆に、寄り釘が悪いとなかなかフル貯留(7個)が終わらず、ハラハラ・ドキドキさせられた。ハネ開閉17回までに8個目がタワーの穴を通過しないと、そのまま貯留は解除される。つまり、「V入賞前に貯留解除」となり、まさに大ピンチのケースだ。この時、9個貯留のザ・トキオとは異なり、最大でも7個貯留のニュートキオでは、貯留解除された全ての玉が、Vを外す事が多かった。最初のV継続チャンスを逃すと、復活は非常に難しくなっていたのだ。それでも、100%「パンク確定」という訳ではなく、18回目(ラスト)のハネ開閉時に、ヤクモノに入った玉が回転するタワーの穴をうまく通過すれば、V継続の可能性も僅かながらあった。一方、フル貯留になる前、ラウンド序盤でハズレ玉をカウントして、貯留が解除される「不本意」なケースは、ザ・トキオと比べると格段に減った(ザ・トキオでは、奥に貯留される筈の玉が手前にこぼれて、そのままハズレ入賞で貯留解除となるケースが、少なくなかった)。本機では、安定してヤクモノに玉を入れさえすれば、フル貯留⇒V再入賞を繰り返し、容易に最終ラウンドまで継続させる事ができた。したがって、本機を打つ際は、始動チャッカーの鳴きは勿論、寄りの細かなチェックも非常に大切だった。因みに、本機には意図的な「連チャン」(ダブル)は存在しない。なお、本機のゲーム性を引き継ぎつつ、さらに出玉面で過激になった大量獲得の連チャンハネモノが、1991年秋に登場した後続機「ニューヨーカー」である。こちらは、オトシのハネ開閉時間がさらに短く「0.2秒」とシビアだが、うまく連チャンが絡めば、初当りからそのまま打ち止めになる事もあった。以上、本機の特徴などをとりとめもなく書き連ねた。まぁ、当時は「ハネモノの皮を被った権利物」などと、割と厳しい目で見ていたが、これだけ年月が経ってから振り返ると、妙に愛着を覚えるから不思議だ。今現在、本機の動画はどこにもアップされていない模様。ただ、当ブログで懐古記事をアップすると、暫くしてヨウツベ等で実機動画がアップされる事もある為、今回も密かに再会を期待…。(なお、近年では、アムテックス「CRAトキオデラックス」などのリメイク機も出ている。).